「労働基準監督署」という言葉にあまりなじみはないかと思いますが、実は労働基準監督の定期調査や臨時の調査で、多くの歯科医院が労務管理の不備を指摘され、是正勧告を受けています。
本記事では、労働基準監督署の調査に備えるための重要ポイントを解説します。
適切な労務管理は、スタッフさんの働きやすさを向上させ、採用や定着に好影響をもたらすだけでなく、歯科医院の健全な経営にも直結します。
今すぐできる対策から、長期的な視点での改善まで、歯科医院院長が知っておくべき情報を詳しくお伝えしていきます。
わかりやすさを重視するため、一部正確な法律用語や名称を用いていないことがありますので、ご了承ください。
目次
歯科医院と労働基準監督署
労働基準監督署とは?
労働基準監督署は、労働基準法をはじめとする労働関係法令の遵守を確保するための重要な役割を担っています。
歯科医院を含むすべての事業所に対して、立入調査や監督指導を行う権限を持っています。
具体的には、労働時間、賃金、安全衛生などの労働条件が、法律に照らして適切に守られているかをチェックし、必要に応じて是正勧告や指導、悪質な場合は送検を行います。
歯科医院が労働基準監督署の調査対象となる理由
歯科医院が労働基準監督署の調査対象となる理由として、以下の特徴が挙げられます。
労働基準法違反のリスクと罰則
労働基準法違反は、歯科医院にとって深刻な結果をもたらす可能性があります。
通常、調査で法令違反や改善点が発覚した場合は、是正勧告がなされ、この勧告内容に従って適切に改善・報告を行えば、深刻な事態に陥ることはありません。
ただし、是正勧告に従わなかったり、適切な対応をせずに放置していた場合は、最悪の場合6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
また、悪質な事業所として公表されることもあります。
こうなると、患者さんはもちろんのこと、地域社会からの信頼を大きく損なうことになります。このような信用低下は長期的な経営に深刻な影響を与えかねません。
また、優秀な人材の確保や定着にも悪影響をおよぼします。
労働環境に問題のある医院で働きたい人はいません。人材不足が叫ばれる中、これは歯科医院の人材獲得競争力を著しく低下させる要因となります。
労働基準法の遵守は単なる法的義務ではなく、歯科医院の持続可能な経営のための重要な投資といえます。
なぜなら、適切な労務管理は、スタッフの満足度向上、生産性の向上、そして最終的には患者サービスの質の向上につながるからです。
労働基準監督署の立入調査:何を見られるのか
労働基準監督署の調査の流れと対応の基本
労働基準監督署の調査は主に労働基準監督署から来訪依頼があり、必要書類を持って労働基準監督署にこちらから訪問するケースと、労働基準監督署の調査官(労働基準監督官、以下「監督官」)が事業所に訪問してくるケースがあります。
どちらのケースも通常は、日時を調整のうえ実施されますが、まれに予告なしに調査官が訪問してくることもあります。
監督官来訪時の流れは以下のとおりです。
監督官の身分確認
院長または人事責任者との面談
各種書類の確認
施設内の巡視
従業員へのヒアリング
結果の説明と是正勧告や指導(必要な場合)
対応の基本は、誠実さと透明性です。虚偽の報告や書類の隠蔽は絶対に避けてください。不明点があれば、その場で確認し、後日回答するという方法も可能です。
重点的にチェックされる書類と記録
調査では、以下の書類を重点的にチェックします。
これらの書類は、常に最新の状態で整理・保管しておくことが重要です。特に、歯科医院特有の勤務体系(シフト制など)が適切に記録・管理されているかに注意が必要です。
従業員へのヒアリング:何を聞かれるのか
労働基準監督署の調査官は、書類だけでなく実際の労働状況を確認するために、従業員にヒアリングを行うことがあります。主な質問内容は以下の通りです。
立入調査は、決して恐れるものではありません。むしろ、自院の労務管理の現状を客観的に評価し、改善の機会を得るチャンスと捉えましょう。
監督官は多くの案件を抱えているため、速やかに対応してくれる事業所には好意的です。
また、すぐに改善できなくても取り組み状況を定期的に報告すると喜ばれます。
このような対応によって、調査を機に監督官と良好な関係を築くことも可能です。
労働時間管理と給与計算:監督署のチェックポイント
タイムカードと勤怠管理の正確な記録
労働基準監督署が最も注目するのが、労働時間の管理です。 歯科医院では、シフト制や時間外診療などがあるため、特に注意が必要です。
残業代の計算と適正な支払い
残業代の未払いは、労働基準監督署の調査でよく指摘される項目です。歯科医院特有の課題にも注意が必要です。
歯科医院特有の注意点:
・診療準備や後片付けの時間も労働時間として計算されているか
(診療時間=労働時間とされている医院さんがあります。)
・待機時間(患者の来院待ち)の取り扱いが適切か
休憩時間の確保と有給休暇の付与
休憩時間の確保と有給休暇の適切な付与も、労働基準監督署のチェックポイントです。
年次有給休暇の取得違反に対する過料:
年10日以上の有給休暇が付与されている従業員が、5日以上の取得ができていない場合、違反者1人につき30万円の過料が課されることがあります。
労働条件通知書と就業規則:作成と運用の注意点
労働条件通知書:必要な記載事項と更新
労働条件通知書は、歯科医院でも、すべてのスタッフ(パート・アルバイト含む)に対して適切に作成・交付する必要があります。
労働条件通知書に必要な記載事項
歯科医院特有の注意点
更新のタイミング
労働条件通知書は、トラブル防止の観点からも重要ですので、必ず作成して配布するようにしましょう。
労働条件通知書と似て非なる雇用契約書
労働条件通知書はその名のとおり「通知」ですので、事業主側(医院)からの一方的な通知です。一方で、雇用契約書は、「契約」ですので、医院とスタッフさん双方が合意するものです。
通知書だけではスタッフさんの合意の確認がとれないため、個人的には雇用契約書の作成をおすすめしています。
内容的には労働条件通知書と同じものでも構いません。
雇用契約書のひな形はこちらから入手できます。
⇒【歯科医院のための2大労務リスクから医院とスタッフを守るための3つの重要書類】
就業規則の作成義務と記載項目
就業規則は、全員が気持ちよく働ける場をつくるための基本ルールですので、歯科医院でも、適切に作成し運用することが求められます。
作成の義務がある医院
常時10人以上の労働者を使用する事業場では、作成と届出が義務付けられています。
ただし、10人未満でもトラブル防止の観点から作成が推奨されます。就業規則に規定しておかなければ、医院としてスタッフさんに指示命令したり、義務を課すことができないことがあります。
常時10人以上の労働者とは?
パートタイマーやアルバイトも、所定労働時間や日数に関わらず1人としてカウントされます。例えば、週1日であっても定期的に出勤する人は、1人としてカウントします。
必要な記載事項
歯科医院特有の留意点
就業規則の変更と従業員への周知方法
就業規則の変更は、従業員の労働条件に直接影響を与える可能性があるため、慎重に行う必要があります。不利益な変更を一方的に行った場合は、その変更が無効となる可能性があります。
就業規則変更手続きの基本
就業規則の周知方法
就業規則の周知方法としては、以下のような方法があります。
就業規則の説明会
就業規則の説明会の開催は義務ではありませんが、ルールの共有や従業員の納得感、意見長聴取などの点からも開催をおすすめします。
労働条件通知書と就業規則は、歯科医院の円滑な運営と良好な労使関係の構築に不可欠です。
ポイントとしては、就業規則をただ単に作るのではなく、スタッフさんを就業規則の作成に巻き込むことで、当事者意識を持ってもらえ、ルールに対する納得感を高めることが可能です。
労働基準監督署の指導を受けないための日頃の対策
定期的な労務管理のチェック
労働基準監督署の指導を受けないためには、日頃から自主的に労務管理の状況をチェックすることが重要です。
責任者を決めて、半年、1年ごとなど、定期的かつ継続的ににチェックを実施する体制を整えることが重要です。
院内で対応が難しい場合は、外部の専門家に依頼して定期的にチェックを受けることも検討しましょう。
自主的にチェックするのは以下のような項目です。
従業員とのコミュニケーション強化
労務管理の改善やより良い職場づくりには、従業員との良好なコミュニケーションが不可欠です。以下のような施策を実施して、コミュニケーションを強化しましょう。
労務管理の専門家との連携と相談
歯科医療の専門家である院長が、複雑な労務管理のすべてを把握することは困難です。専門家の力を借りることで、より確実で適切な労務管理が可能になります。
これらの取り組みは、従業員の満足度向上、人材の確保・定着、さらには医療サービスの質の向上にもつながる非常に重要なものです。
まとめ
労働基準監督署対策は歯科医院の重要な経営課題です。
適切な労務管理は従業員の満足度向上と質の高い医療サービス提供につながります。
主な対策ポイントは以下の通りです。
これらの継続的な取り組みは、従業員のモチベーション向上や業務効率化につながり、歯科医院の競争力を高めます。