歯科医院の経営において、患者さんの急な来院や緊急処置の対応など、時間外労働(残業)は避けられない現実があります。
そんな中、36協定の正しい理解と運用は、院長先生にとって非常に重要です。
本記事では、歯科医院特有の事情を考慮しながら、36協定の基本から具体的な記入例、さらには労務管理のポイントまで、わかりやすく解説します。
適切な36協定の締結と運用により、スタッフの健康を守りつつ、効率的な医院運営を実現しましょう。
36協定とは?歯科医院での重要性を解説
36協定の概要と目的
36協定とは、労働基準法第36条にもとづく労使間の協定(労使協定)のことです。正式には、「時間外労働・休日労働に関する協定」といいます。
この協定は、法定労働時間(原則1日8時間、週40時間)を超えて労働させる場合や、休日労働をさせる場合に、医院と従業員の過半数代表との間で締結する必要があります。
労使協定とは?
労使協定は使用者(医院)とスタッフの過半数代表者の間で、労働環境や労働条件に関する取り決めを書面で交わしたものです。
歯科医院における36協定の必要性
歯科医院では、急患対応などで、通常の診療時間を超えて働く場合が少なくありません。36協定を締結することで、このような場合でも合法的に時間外労働(残業)が可能となります。
また、歯科衛生士や歯科助手など、専門性の高いスタッフの確保が難しい現状を考えると、急なシフト変更などによって残業や休日労働をお願いせざるを得ないケースもあるでしょう。
36協定は、このような人材不足の課題に対しても、一定の解決策を提供します。
36協定を締結していないリスク
このようなトラブルは、スタッフのモチベーション低下や離職率の上昇につながり、医院の運営に大きな支障をきたす恐れがあります。
36協定作成の手順
スタッフの過半数代表者の選出
36協定を締結するのには、スタッフの過半数を代表する者を選出する必要があります。
歯科医院の場合、比較的小規模な組織が多いため、全スタッフによる投票や信任の確認が適しています。
以下に、投票による過半数代表者選出の流れを記載します。
全スタッフに36協定と過半数代表者の選出趣旨を説明する
立候補者を募る、あるいは推薦を受け付ける
無記名投票を実施する
過半数の信認を得た候補者を代表として選出する
(注1)管理職(院長や事務長など)は過半数代表者にはなれません。
(注2)適切に過半数代表者が選出されていない場合、締結した36協定が無効となります。
36協定届の記入例と解説:
36協定の届出には、厚生労働省が定める「時間外労働・休日労働に関する協定届」を使用します。
歯科医院向けに、主要な記入項目を解説します。
事業の種類
「歯科医院」、「歯科」などと記入します。
協定の有効期間
基本的には1年間とします。
「令和○年○月○日から1年間」と記入します。
36協定は一度出したら終わりではなく、毎年提出する必要があります。
時間外労働をさせる必要のある具体的事由
「急患や緊急治療への対応」、「治療技術や機器の導入に伴う研修参加」などと記入します。
業務の種類
「歯科医師」、「歯科衛生士」、「歯科助手」など、職種別に記入します。
延長することができる時間数(1日)
必ず記入しないといけないのは、「法定労働時間を超える時間数」です。
法律の上限は1日8時間ですので、8時間を超える時間数を記入します。
「2時間」、「3時間」など。
1日の法定労働時間を超える時間数には制限がないため、「5時間」、「6時間」などと設定することも可能ですが、実態に沿うように設定しましょう。
延長することができる時間数(1箇月)
必ず記入しないといけないのは、「法定労働時間を超える時間数」です。
原則、最長で45時間までとなっています。(1年間単位の変形労働時間制の場合は、42時間)
「20時間」、「30時間」など。
45時間を超える時間を設定することも可能です。その場合は、「時間外労働・休日労働に関する協定届(特別条項)」の届け出が必要となります。
延長することができる時間数(1年)
必ず記入しないといけないのは、「法定労働時間を超える時間数」です。
原則、最長で360時間までとなっています。(1年間単位の変形労働時間制の場合は、320時間)
「200時間」、「360時間」など。
360時間を超える時間を設定することも可能です。その場合は、「時間外労働・休日労働に関する協定届(特別条項)」の届け出が必要となります。
休日労働をさせる必要のある具体的事由
実態に合わせた事由を記載しますが、「時間外労働をさせる必要のある具体的事由」と同じでも差し支えありません。
労働させることができる法定休日の日数
「1か月に2日」、「1か月に4日」などと記入します。
法定休日とは、法律で必ず休日として設定することが義務付けられている、1週間に1日(または、4週間で4日)の休日のことです。
多くの歯科医院の場合、日曜日が法定休日になることが多いです。
例えば、水曜日と日曜日が休診日の場合、この欄に記入するのは、日曜日に勤務する可能性がある日数となります。
水曜日に勤務した場合は、時間外労働としてカウントすることになります。
労働させることができる法定休日における始業及び終業の時刻
基本的には、通常勤務時の始業・終業の時刻を記入しておけば差し支えありません。
「10時00分~19時00分」など
実際の様式を用いた記入例
この記入例は一般的な歯科医院を想定していますが、実際の作成時には、それぞれ医院の実態や今後の勤務状況の見通しに応じて適切に調整してください。
こちらの記入例のWord版はこちらから入手していただけます。(準備中)
36協定の届け出先と届け出方法
36協定届の届け出先
歯科医院の所在地を管轄する労働基準監督署に届け出を行います。
管轄の労働基準監督署がわからない場合は、各都道府県労働局のホームページで検索してください。
分院がある場合は、原則それぞれの医院ごとに届け出が必要ですが、「本社一括届出」という方法で、まとめて届け出ることも可能です。
36協定届の届け出方法
以下の3つのいずれかの方法で行います。
36協定届の届け出に関する注意点
36協定届は、協定の有効期間開始前に届け出てください。
有効期間開始後に届け出をした場合は、すでに経過した期間については36協定の効力が無効となってしまうので注意が必要です。
36協定でよくある間違い
時間外労働時間数が、協定の上限時間数を超えてしまっている
上限時間を低く設定しすぎていたり、通常の36協定の上限(1か月に45時間、1年360時間)を超えてしまっている医院さんがたまにあります。
上限時間を低く設定しすぎていたり、通常の36協定の上限(1か月に45時間、1年360時間)を超えてしまっている医院さんがたまにあります。
実態に合っていない36協定では意味がありませんので、自医院の状況に応じて適切な36協定を作成するようにしましょう。
特別条項が常態化している
上記とは逆に、上限時間を高く設定しすぎているケースです。特別条項は言葉のとおり「特別」なものですので、常に特別条項というのは望ましくありません。
「うちはの医院は常に長時間労働ですよ。」という宣言をしているようなものですので、人材の確保などでマイナスに働くことも十分にあり得ますので、やはり、36協定は自院の状況に応じて適切に作り変えましょう。
36協定があっても残業はさせられない
これは非常によくあるケースですが、36協定があってもスタッフさんに残業や休日労働を指示命令することはできません。
なぜなら、36協定は、あくまでも労働基準監督署に対する届け出であって、スタッフさんとの雇用契約の内容ではないからです。
ですので、スタッフさんに残業や休日労働の指示命令をするためには、雇用契約書や就業規則で、「残業・休日労働することを指示命令しますよ。」という記載が必要になります。
36協定に関する運用と労働基準監督署の調査
36協定の内容を周知する
36協定を締結した後、その内容を全スタッフさんに周知する必要があります。主な周知方法としては、以下のような方法が考えられます。
労働時間の管理を適切に行う
医院はスタッフさんの勤務時間を管理することが求められています。
近年では、従来のタイムカードだけではく、クラウドの勤怠管理システムなど様々なツールがありますので、自医院に合ったツールを活用して、勤怠・勤務時間管理を効率化し、適切に労働時間を把握しましょう。
労働基準監督署の調査
労働基準監督署の調査は、通常、事前に通知がありますが、まれに予告なく行われることがあります。そのため、以下の書類を常に最新の状態で整備し、迅速に提示できるよう準備しておきましょう。
これらの書類は法律で作成・保管が義務付けられています。
36協定の作成・届け出が適切な労務管理へとつながり、スタッフさんの健康と満足度を高め、結果として患者さんへのサービス向上にもつながります。
さらに、労務リスクを最小限に抑えることで、歯科医院の安定経営と長期的な発展を支える基盤となります。
まとめ
本記事では、歯科医院における36協定の重要性と作成・届け出方法などについて解説してきました。
36協定の作成においては、自医院の特性を考慮し、実態に即した上限時間の設定や特別条項の活用が重要です。
運用面では、以下の点に注意が必要です:
・効果的な周知方法を用いて、全スタッフさんに36協定の内容を理解させる。
・就業規則や雇用契約書を作成し、残業の指示命令の根拠を明確にする。
・勤怠管理システムなどを活用し、労働時間を適切に管理する。
そして、常に最新の労働法制に注意を払い、必要に応じて専門家のアドバイスを受けながら、自医院の特性に合った労務管理体制を構築していくことが、今後の医院運営を持続可能なものにしていくことになります。